不安は自分で育てるもの   2005.6.21

手術前にはいくらやっても足りないということのない”不安探し”。
手術における不安や過去に起きた事故例、あるいは術後数年を経ても目立つ凹凸などの症例などなど、探し続ければ続けるほどいろいろな情報があふれ出てきます。

ネットで一方的に発言のできる昨今、中には「すぐ回復してモデルなみにくびれ、食べ放題でも太らない」などの間違った知識から被害意識を抱き、攻撃的な文章を書く人もいないとはいえませんけれど、おおむねほとんどのケースについての感想を網羅できると思うのです。

手術後の痛みや、正しい知識について情報を探すことはとても大事なのですが、私が「やめたほうがいい」と感じているのは、体も心も不安定な手術後に、わざわざ不安になることを探し、見つけると「あった! これだ!」 と大喜び?して、その不安を育てることです。「友達がそういっていた」というような、医学的根拠のない話もこれにあたります。

日常生活において、「身代金目的でいきなり誘拐された!」などの特殊なアクシデントを除いて、時間や出来事はおおむね均等に私たちの上に降り注いでいます。無事に帰宅できれば、その日はよし、とする日なのです。

不安を育ててしまう方には、
”いけないのはわかっているのだけれど、不安を高感度アンテナで探し、拡大受信してしまう”傾向があるように思うのです。
(そもそも、そんなに不安だったら、最初から受けないのが一番よいのですが)

ところで。
不安や悩みは”かいわれ大根” と考えてみてはいかがでしょうか。
かいわれ大根は、日に当てなくても、種に水を含ませればどんどん発芽します。 一定のサイズまでは日光なしで育ちますが、日に当てず、水も与えなければいずれ枯れてしまいます。

不安も同じです。
特に深く考え込まなくても、一日生活していれば何度も? と思うことがあります。 しかし、思いつめなければいずれ忘れてしまいます。不安の成長には、あなたが気にかけることが必要なのです。
そのことばかり考え、栄養を与えてかまってやればやるほど、順調に成長します。
そして、その不安を大きく育て上げているのは、紛れもなく自分自身です。

それならば。
二つ不安な事ができたら「かいわれ大根が2本〜」と、そのまま”養育放棄”してみてはどうでしょう?
ほっておかれたかいわれ大根は、そのまま干からびてしまいます。
不安の芽が出ること自体は誰にでもあることです。

それなのに、自分自身で作り上げたストレスに時間をかけて苦しんで不安を拡大し、回復期間を何倍の長さにも感じてしまうのは、損だという気がしませんか?
また、その不安も、完全オリジナルバージョンですから、他人にはとうていすべてを理解することはできません。

私がおすすめしている発想の転換は
「かいわれ大根生えちゃった♪ 
今日はお気に入りのアロマで、大好きな○さんの夢が見られるようお祈りして早く寝ようっと。キャー(o≧∇≦)o」
です♪

私自身の場合は、不安の芽がでてもまったく気にせず放置です。
常に「自分にとってこれは損か、得か」と瞬時に自問自答するクセがあるのですが、その結果、明らかに「損」だと考えているからです。

心配していても、気にしなくても、経過する時間は同じ。だったら、長く感じないほうが得ですもの。

さて、こんなコラムを書いたら、無性にかいわれ大根が食べたくなったので、ちょっと買いに行ってきますね。
冷奴に乗せて、鰹節かけて・・

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